第18回 フットプレッシャー
2回にわたり特別編としてティモシーと直美のレッスン風景を掲載しましたが、いかがだったでしょう?そのコラムを英文に訳したものをティムに渡したところ、じっくりと読んで、「こんなのは初めてだ。一生大事にとっておきたい」と言ってくれました。
ところで、レッスン中、ティムに“そのエネルギーはどこからくるのか?“と尋ねると、まず彼の口から出るのは「フットプレッシャーだ」という答えが多い。 なるほど、そうか、と思うものの、ケムに巻かれたようで何だか釈然としない。文字通り、足の裏の使い方を教えてくれるのだが、足底筋をどんなに意識したところで、フットプレッシャーが強く感じられることはありません。フットプレッシャーという言葉は別にティムに限ったことではなく、英国のコーチャーはよく口にします。あまりに言い古されて、できたような気になっている場合がほとんどで、自分もなんとなく分かったようなつもりで競技会で踊っていたものでした。
皆さんもご存知でしょうが、私が選手引退後「ナンバ」を研究していたとき、古武術家の甲野善紀先生の著書の中で、「垂直離陸」という身体の使い方を紹介したページに出会いました。甲野先生のすごいところは、達人的な身体操作をいろいろな例を用いて自分の体感をまじえながら文章で表現することが上手い点です。体感は個人個人違うものなので、人に教えるとき、その感覚を強制はできない。そこで、自分は“こう感じる”“具体的にこんな使い方だ”という言い回しで、受け手がどう解釈するかを特に問題にしない。
では、「垂直離陸」とはどういう技なのか?甲野先生の話をまとめるとこうだ。足裏全体を地面につけ、体重を足裏に均等にかける。そして移動しようとする瞬間、足裏を水平にして地面に対して垂直に上げる。「願立剣術物語」では「薄氷を踏む如し」と表現されていて、濡れた半紙の上で紙を破らないように立つ感覚も、これに近いと言えるだろう。
では、そのような足捌きによってどのような効果があるかと言えば、体全体のアソビが取れ、瞬時に体がまとまるので、体勢が崩れずに、移動する事ができる・・・ さらに、甲野先生は“現実にどういうふうに身体が働いているかということは、やっている私自身、複雑すぎてわかりません”とも言っています。
例えば、体重計で体重を計ったとしましょう。私の体重は平均63㎏くらいだが、64~65㎏にしようと体重計の上でいくら踏ん張っても63㎏は変わらないのです。フットプレッシャーのつもりでハカリをフロアーに見立てて力を入れても体重は増えない。脚部が力むだけで、実は何も変化していないのです。
そこで垂直離陸をやってみる。もちろん、体重計は変化しないが、体がみっちりとまとまった感じがする。私の分析では、垂直離陸によって、大腰筋などのインナーマッスルがしっかりと連動し、上半身と下半身のつながりが強くなり、結果として全身の筋肉・骨格がひとつにまとまる。以前、ロンドンのスタジオで股間にスカーフを通して持ち上げたまま踊らされたり、恥骨を上げなさいと言われたり、足指を丸めるようにトレーニングされたりしたことがありましたが、すべて垂直離陸の仕組みと同じであることが分かったのです。
私たちは身体を動かすとき、一部しか使っていないことに気付きにくく、普段参加していない部分も直接参加することによって今まで眠っていたエネルギーがまとまって動きだす。それこそがフットプレッシャーの本質なのです。甲野先生は身体のエネルギーについて次のようにも言っています。
ねじって溜めをつくり、それによって力を生産するのではなく、立っているということが持っているエネルギーをはじめとして、リキまない身体各部の上げ下げなどごくあたりまえの動きを材料に使うのです”
ダンスもどう立つかということが一番重要なテーマですよね。エネルギーを持った立ち方をするトレーニングをぜひ皆さん実践してください。
藤本明彦
(2009年10月16日更新)