第75回 スペシャルゲストのアルナス組、来スタ!
7月はスタジオ開設30周年、50周年パーティーという歴史を重ねた教室のパーティーに参加してきました。また、我がスタジオも10周年パーティーという記念すべきイベントを多くの方々の協力を得て盛会裏に終了することができました。
現スタンダードチャンピオンのアルナス組をゲストに迎え、来場者には素晴らしい踊りを披露することが出来たと思います。
来賓にはティモシー・ホーソン先生を招待し、彼のクイックステップのハワイアン・ウォー・チャントでアマデモを踊り大受けしました!
アルナス組にはパーティーの6日後にスタジオにレッスンに来てくれました。今まで、ティモシー、アレッシア、ドーメン組が来スタしています。
自分たちは午前中にナオミがアルナスにシングルレッスンを、午後にはカップルでそれぞれに習いました。まずは男性ホールドの確認。男性左手のひらを右肘が釣り合う位置、左肘と右肘は同じ高さ、左前腕は約45°の角度をキープする。・・・等々。胸の使い方、脚の振り方、ヘッドウェイトの感じ方、CBMの感覚、ナチュラル系とリバース系の踊り方の違いなど、今まで自分が習ってきたこと、思っていたことと同じ点もあれば違う点もあり、チャンピオンがどのように考えて踊っているかということを聞き出していきます。自分が出来るかどうかは別にして、どんどん質問することによって今後の練習の課題を見つけていくように心掛けました。
きめ細かいアイソレーションで体をコントロールし、フロアで立体的に美しく、パワフルに見えるのはこういうことなのかなと実感しました。
スタジオでレッスンを受けたときの利点は、自分達が練習している同じ空間でどのように違って見えるのかということが分かることです。
(2014年8月1日更新)
藤本 明彦
リーダーの藤本は、大学のダンス部に入部後、桝岡栄子先生に師事。
学生チャンピオン、アマチュアチャンピオンを経てプロに転向、Aクラス昇級後、英国留学を重ね全日本グランドファイナリストとして活躍。
2001年のスーパージャパンカップを最後に競技選手を引退。
1961年生まれの天秤座のO型で、現代の日本人が忘れかけている「気合・根性・忍耐」の精神が大切であると常々思っている。
大の温泉好きで、これからは秘湯めぐりをしようかと密かに企んでいる。
佐藤 直美
パートナーの佐藤は栃木県出身で、実家がダンス教室でありながらダンス嫌いで、ミュージシャン志望だった。
しかし、亡き母の熱心な薦めで、東京は四ツ谷の「石原ダンスクラブ」にその頃在籍し次期チャンピオンと言われていた桑原明男先生に師事。
プロの踊りの奥深さとかっこ良さに触発され自分もプロになることを決意し上京。(まんまと母の思惑通りになる…)
直美という名前はダンサーネームで本名は玲子。プロになる時オーナーが「皆に好かれ、ダンサーとして大成するように」とつけてくれた。
その後タップダンスやジャズダンスなどでダンサーとしての体を作りながら地道に昇級し、Bクラス戦を前後期優勝しAクラスに昇級。
やはり英国留学を重ね全関東選手権、アレックス・ムーアカップでファイナル入り、スーパージャパンカップでセミファイナル入りと着々と実績を上げ2001年に競技選手を引退。
都内にダンススタジオをオープンするも、同じ頃藤本と公私共にカップルを組む事になり、平成16年4月に神奈川県横浜市に「藤本ソシアルダンススタジオYOKOHAMA」を新規オープン。
多くのダンスファンに親しまれ、今日に至っている。
現在は、経営指導の傍ら、JBDF東部総局公認審査員、デモンストレーターとして多忙な日々を送っている。そして、「なんば」をキーワードにダンス理論を解明することがライフワークのひとつとなっている。