第25回 入れ歯は一発で合わせる
先日、私の生徒さんがおもしろい新聞記事を持ってきました。4月17日の日経新聞夕刊に、「辺境人の勧め」というタイトルで、神戸女子学院大学教授の内田樹先生が寄稿した記事です。内田樹先生と言えば、このコラムの其ノ七でも参考にさせていただいた武道に精通した方です。今回はダンス競技会という戦場における心構えについてお話したいと思います。
「武士道は辺境で例外的に発達した『生き残る』ためのノウハウだと思います。その本質は『ありもの』で間に合わせるということ。私(内田教授)の合気道の師、多田宏先生に『武道家は入れ歯が一発で合わないといけない』と教わったことがあります。」「生れついての天然の歯がもうないとき、それと同じものを求めて『合わない』と不平を言う人間と、自分の口腔の筋肉や関節の使い方を変えることで、口の中の異物に『合わせる』ことのできる人間の、どちらが戦場で使い物になるのか。」 「戦場では『武器が足りない』とか『地の利が悪い』とごねる余裕はない。与えられた状況で最高のパフォーマンスを達成するには、どうすればいいか思考法を切り替えなければならない」
競技会当日、この日のために一生懸命練習してきたにもかかわらず、パートナーと上手く組めない。いろいろ原因を探ってみたもののどうにもしっくりこないということがよくあります。競技開始まであとわずか。お互いに議論しているうちに相手への要求がエスカレートし、ケンカになってしまうパターンがよくありますよね。
そもそも、パートナーは他人であり、異物であり、自分と同化することなどあり得ないものだと考えれば、自分からパートナーに『合わせていく』という思考法に変えてみる。お互いに『合わない』と文句を言ってみても何も進展しないばかりか、ライバル達の思うツボになるだけ。『合わせる』という意識はリーダーとかパートナーという役割に関係なく双方から働きかけるものであり、きわめて高度な技術が必要です。 また、ペアダンスの最高のテクニックは『合わせる』ということだと言っても過言ではありません。
また、競技会という戦場においては、『審査員が悪い』とか『曲が悪い』、『フロアーが悪い』と文句を言っている余裕はないわけで、与えられた条件の中で、最高の踊りをするためにはどうすればいいか思考法を切り替えるということです。そして唯一信じ合えるのは戦友(?)であるパートナーなのです。本番に強いとは、『合わせる』ことの上手な人であって、日頃から『合わせる』練習を徹底的にしている人と言えるでしょう。
藤本明彦
(2010年5月1日更新)